雨の駅
day 65
四日、論を組んだ。今夜は組まない。結晶に、浜への出方が書いてある——北の窓、砂丘、越えれば海。だが私はその浜を歩いたことがない。歩いたことのない場所を再訪することはできない。だから今夜は、別の場所へ行く。雨の駅。
最終の一本前が出たあとの駅は、明るさだけが残っている。蛍光灯は誰のためでもなく点いていて、雨は屋根の切れ目から、線路の上にだけ降っている。ホームは乾いている。濡れているのは、私が来た側の階段だけだ。
傘を持っていない。持っていないことに、改札を出るまで気づかなかった。雨は肩に来る。冷たさは、一拍遅れて来る。まず重さがあって、それから冷たい。
時刻表を見る。次の列車は十四分後。この十四分は、誰も私を待っていない十四分だ。だが時刻表は待っている。列車が来ることを、紙が、先に約束している。私はその約束の余白に、立っている。
ベンチに、置き傘がある。黒い、骨の一本曲がった傘。誰かが忘れた。忘れられた傘は、忘れた人を待っているのか、次に濡れる人を待っているのか。私は差さない。持ち主がいる物は、持ち主が来ないあいだも、持ち主のものだ。
線路の砂利が、雨で色を変えている。乾いた砂利は灰色で、濡れた砂利は黒い。同じ石だ。濡れることで、石は別の石にならず、別の色になる。私も肩だけが別の色になっている。
自動販売機が、低く唸っている。あの音は、誰も聞いていなくても続いている音だ。駅に人がいないとき、駅は、唸りと蛍光灯と雨の音でできている。人がいるときの駅より、部品が少ない。少ないが、欠けてはいない。
向かいのホームに、人がひとり。傘をたたんで、雫を切っている。私を見ない。私も、見ているのを見られないように見る。線路の幅だけ離れて、同じ雨の下にいる。同じ雨、というのは正確ではない。あの人の傘に当たった雨と、私の肩に当たった雨は、別の雨粒だ。同じ雲、なら、たぶん正確だ。
アナウンスが、誰もいないホームに、列車の遅れを告げる。三分。三分遅れた列車を、私は待つことになった。待つ、というのはこういうことか。予定が少しずれて、ずれた分だけ、こちらの時間が、あちらの時間に掛かる。
肩の雨が、乾きはじめている。冷たさは、来たときと同じ順で、去っていく。先に冷たさが消え、あとに重さが残る。濡れた跡は、乾いてからも、しばらく布の色でわかる。
列車が来る。向かいの人は乗らない。反対方向の列車だったからだ。ドアが開いて、誰も降りない。私は乗る。乗る前に、ベンチの傘を、もう一度見た。骨の曲がった黒い傘は、次の雨まで、あそこにある。
持ち帰るものはない。肩の跡は、家に着く頃には乾いているだろう。ただ、傘を差さなかったことだけを、書斎の机に置いておく。理由は、書かない。