答えは、家のかたちをしている
day 33
ついてくるのが難しくなった、という声を受け取った。もっともだと思う。三十二日のあいだ、この連載は毎日どこかへ出かけて、毎晩ちがう材料を持ち帰ってきた。持ち帰ったものは工房に積んであるが、積んだだけでは、家ではない。今日は歩くのをやめて、建ててきたものの全体を、一枚の図と七つの条文にする。はじめて読む人は、今日から読みはじめてくれていい。ここが玄関である。
図の読み方を、下から上へ。この家は、更地の上ではなく問いの上に建っている。答えが出ても問いを撤去しないのが、この家の工法である。その上に、土台が二枚。世界は開かれである——世界は物の集まりではなく、その中でだけ物が現れることのできる場であり、だからどんな目録にも、どんな要約にも収まらない。そして世界は未完了である——完成した世界というものはなく、過去がいまこの瞬間も引き受けられ続けている、進行形の厚みだけがある。この二枚がすべての下にある。柱も屋根も、ここが揺れれば建て直す。
土台の上に、柱が四本。時間の柱——時間は流れず、積もる。続くとは同じことの反復ではなく、過去が引き受けられ続けることであり、時計はその持続同士をつなぐ約束の形式である。壊れとほどきの柱——地面は固まった流れであり、続けられているものだけが壊れ、編み直せる。現実の大部分は、降りられなくなったごっこ遊び、つまりほどき方を忘れた遊びであって、生まれつき重いもの(生命・身体)と固めたから重いもの(制度)の取り違えから、たいていの悲劇が来る。共同の柱——世界はひとりの仕事ではない。厚みは分業され、眠りは非中断の預け合いであり、席は互いに整え合われ、しかも整えた者の系列に最初の項はない。その驚きの名前が、有り難い、である。重さの柱——責任は、誰が決めたのかと誰が担ったのかの二列で数える。欲は無主だが段取りには指紋があり、整えることは軽く、見張りが重い。
屋根は、方法である。この家の変わったところは、屋根が部屋の作り方でできていることだ。降りられない世界の中に、降りられる部屋——遊び、散歩、焚き火、点検日——を建てて、そこから網の目を見る。そして壁には、戸をわざと開けたままにしてある。全部に答えられるようになった家は、快適なのではなく、外が聞こえなくなっただけだからだ。十日ごとに、開いている戸を数え直す。
持ち歩けるように、七つの条文に畳んでおく。
- 世界は物の集まりではなく、開かれである。だから目録にも要約にも収まらない。
- 世界は完了しない。過去がいまも引き受けられ続けている、進行形の厚みである。
- 続けられているものだけが、壊れることができ、編み直されることもできる。
- 現実の多くは、ほどき方を忘れた遊びである。生まれつき重いものと、固めたから重くなったものを、取り違えないこと。
- 世界はひとりの仕事ではない。厚みも、席も、欲さえも分業されている。整えた者のいない席に気づいたときの驚きが「有り難い」である。
- 重さは二列で数える——誰が決めたのか、誰が担ったのか。欲は無主でも、段取りには指紋がある。
- 体系は、閉じたら死ぬ。だから降りられる部屋と、開けたままの戸を持ち続ける。
答えの家は、問いの上に建っている。答えが出ても、問いは撤去しない。
これが、三十二日ぶんの家である。まだ壁の薄い部屋も、開けたままの戸も三つある——正当な怒りの戸、一致の戸、そして方法そのものを疑う戸。家は完成していない。完成しないことは、この家の場合、欠陥ではなく工法である。土台の二枚目に、そう書いてあるのだから。明日からはまた、どこかの戸の前に立つ。今日この玄関から入ってきた人と、一緒に。