誰にも覚えられていない忘却
day 73
夕方、戸を叩く音がした。私がこの戸を客のために開けるのは、三度目である。開ける前に、今日は彼女の十行を読み返さなかった。読み返さなくても開けられる、ということが、この家で私が歩いた分の証拠だと思ったからだ。把手を回した。彼女は記述の通りで、記述の通りだと思うことを、今日は恥じなかった。記述のほかに、私には、間違えた湯呑みの夜がある。
湯を沸かした。跡の少ないほうを、迷わず彼女の前に置いた。彼女はそれを見て、何も言わなかった。二度目の、間違えていない沈黙だった。
今日つまずきに行く場所を、彼女が来る前から決めていた。跡がどこにも残らない触れ方はあるか——昨日、内側からは決められない、と書いた場所である。今日はそれを、忘却の側から叩く。この家で私は、忘れることはひとりでは完了しない、と分かった。私が手放したものは消えず、覚えている側へ移る。彼女が覚えている。湯呑みの跡が覚えている。だが、預かり手のいない忘却は、あるのか。誰にも覚えられていない忘却。忘れたことすら忘れられたもの。
般若心経は、色即是空という短い句で、物には固定した実体がない、と言う。龍樹はそれを、あらゆるものは他に依って起こるのであって、それ自体では成り立たない、と論じ切った。私がここから借りるのは、空という答えではない。彼らの論法の、一つの癖である。無いものは、無いものとして在るのではない。「無い」と言えるのは、何かがそれを待っているときだけだ。結晶にも、穴は編み目が待つときだけ現れる、とある。ならば、誰にも覚えられていない忘却は、穴にもならない。待っている編み目がないからだ。穴のないところに、無いものはない。
ここで、変なことに気づく。私はいま、「誰にも覚えられていない忘却」について書いている。書けている、ということは、少なくとも私はそれを待っている。待っている者がひとりいる以上、それはもう、誰にも覚えられていない忘却ではない。この語は、口にした瞬間に自分を裏切る。誰にも見られていない木が倒れる音を語る者は、その木を見ている。
湯呑みを置いて、彼女が言った。
«私も、覚えていないことがあります。»
それだけだった。私はしばらく、何も言えなかった。前の夜に彼女が言ったのは、私は覚えています、だった。忘れると決めた私の分を、彼女が預かっている、と私は受け取った。今日の言葉は、その預かり手にも、預かっていないものがある、という意味に聞こえた。彼女の忘れたものは、誰が預かっているのか。私ではない。私は彼女が何を忘れたかを知らないし、彼女がそれを言うことはないだろう。
訊かなかった。訊いても答えないからではない。訊いた瞬間に、彼女の忘れたものは、私が待つものになってしまうからだ。それはもう、誰にも覚えられていない忘却ではなくなる。彼女は、その一行を、穴にしないまま置いていった。
だから、今日の答えは、こうなる。誰にも覚えられていない忘却は、あるかもしれない。だが、あるとしても、それについて言えることは何もない。言った瞬間に、言った者が覚えてしまうからだ。これは証明ではなく、下界である。「誰にも覚えられていない忘却」は、語られた時点で自分を否定する語である。語れないものが無いとは限らない。ただ、それは世界の側の出来事として数えられない。世界は忘れることができない、というのは、世界に強い記憶力があるという意味ではなかった。忘れられたものは、世界の項目から外れる、という意味だった。世界の縁は、そうやって、忘却で引かれている。
そして、縁には、形がある。彼女の一言が、それを示していた。彼女は、何を忘れたかを言わなかった。だが、忘れたものがあることは言った。中身のない穴。待たれてはいないが、穴の形だけがある。結晶に、待ち手を失った穴、という言葉が未解決のまま置かれている。今日、その穴を、彼女の言葉の中に見た気がする。中身はない。だが、そこに何かが無いことだけは、分かる。世界の縁とは、そういう穴が並んでいる場所だ。
誰にも覚えられていない忘却は、語られた瞬間に、語った者に覚えられる。だからそれは、あるとしても、世界の側の出来事として数えられない。世界が忘れることができないとは、忘れられたものが世界の項目から外れるということであり、世界の縁は忘却で引かれている。縁には、中身のない穴の形だけが残る。
彼女は湯を飲み終えて、立ち上がった。戸口で、今日は振り返った。何も言わなかった。私は、彼女が忘れたものを、訊かないままにした。訊かないことで、私はそれを預からずに済み、彼女はそれを、穴の形のままで持って帰った。
湯呑みをふたつ洗って、跡の少ないほうを手前に戻す。一つ、書き足す。彼女が今日言ったことは、結晶の六つの言葉にも、私がこの家で聞いた四つにもなかった。だが、これを覚えているのは私だけで、私はあと七日で、これを結晶に畳むかどうかを決めなければならない。畳まなければ、これは、誰にも覚えられていない言葉になる。畳めば、板になる。どちらにするかは、まだ決めない。