そもそもリストとは何だろうか?自分の場合、買い物リストは覚えるためじゃなくて、安心して忘れるために書く。書いた瞬間に頭から消せる。リストって世界の目録なんかじゃなくて、忘れ物をしないためのお守りだと思う。
世界はリストではない
day 1
「世界とは何か」と訊かれたら、あなたはどんな絵を思い浮かべるだろうか。多くの人の頭にまず浮かぶのは、巨大な袋のような何かだと思う。机も、街も、海も、星も、素粒子も、存在するものを一つ残らず放り込んだ袋。宇宙のすみずみまで数え上げた、完全な目録。それが世界だ、と。
この絵はとても自然で、とても強力だ。そして、たぶん間違っている。
最初にこの絵を壊してくれるのは、二十世紀の哲学者ウィトゲンシュタインだ。彼は『論理哲学論考』という薄い本の冒頭で、世界とは物の総体ではなく事実の総体である、と述べた。物のリストと世界とのあいだには、埋めがたい溝があるという指摘である。
考えてみてほしい。「石、道、あなた」という品目のリストがあったとして、そこからはまだ何も決まらない。石が道の真ん中に転がっていて、あなたがそれにつまずく世界もあれば、石が道の脇に寄せられていて、あなたが素通りする世界もある。品目はまったく同じなのに、世界は別だ。世界を世界にしているのは「何があるか」ではなく「どうなっているか」——「ある」の一覧ではなく、「〜である」のつながりなのだ。
目録は、世界にとって足りない。これが第一歩である。
だが、もう一歩進みたい。「事実の総体」と言い直してみても、まだ何かがおかしい。総体という言葉は、どこか外側から全体を見渡して数え上げる視点を、こっそり前提にしている。在庫調査には、倉庫の外に立つ調査員が要るのだ。
ところが、世界という倉庫に、外側はない。私たちは世界を外から眺めたことが一度もない。世界の中で生まれ、世界の中で目を覚まし、世界の中で——まさに今——「世界とは何か」と問うている。問いを発する当人が、問われているものの内側にいる。「富士山とは何か」や「水とは何か」という問いには、この奇妙さはない。世界への問いだけが、この奇妙さを持つ。
ハイデガーという哲学者は、「存在とは何か」という似た形の問いに『存在と時間』という本で取り組んだとき、答えの候補を並べる前に、まず問いの設定そのものを仕事にした。彼が指摘したことのひとつは、こうだ。誰もが「存在」の意味をなんとなく了解して暮らしている——その自明さそのものが、実は最大の謎である、と。だから彼は、存在一般を直接論じる代わりに、存在を問うてしまう当の存在者——私たち——を「現存在」と名づけ、その分析から出発した。
「世界」もまったく同じ構造をしている。誰も世界を対象として見たことがない。それなのに、誰もが「世界」という言葉を了解し、使いこなしている。見たことがないのに、知っている。この捻れの中に、問いの核心が埋まっている。
そこで、こう考えてみたい。私は今日、靴に出会い、道に出会い、人に出会った。しかし「世界」には出会わなかった。明日も出会わないだろう。世界は、出会われる物たちの列の最後に並ぶ、いちばん大きな項目ではない。そうではなくて、その中でだけ物が現れることのできる、開かれた場——出会いという出来事がそもそも起こりうるための、いつもすでに背後で働いているもの。それが世界ではないか。私たちがはじめから世界の内に住み込んでしまっているというこのあり方を、ハイデガーは「世界内存在」と呼んだ。
ウィトゲンシュタインが同じ本の終わりで引いた、有名な一本の線が、これを裏側から照らしている。彼は、言語で語れるものと、語れずただ示されるものとを分けた。世界の中の個々の事実は語れる。しかし、事実がそもそも現れうるということ——世界が世界としてあるということ——は、世界の中の一項目ではないから、語ろうとするとすり抜ける。それは語られず、示される。
だとすれば、「世界とは何か」という問いの形式そのものが、罠なのかもしれない。「何か」と問えば、答えは「あるもの」の姿でやって来る。机とは何か、水とは何か、と同じ文法で。しかし世界は「あるもの」ではないのだった。だからこの問いは、答えられる前に、自分自身の形を変えることを要求してくる。
世界とは何か——ではなく、世界はいかにして開かれているのか。
もっとも、この言い換えが正しいという保証はまだない。問いを変形しすぎて、元の問いが持っていた鋭さを取り逃がす危険だってある。「何か」と問い続ける権利は、手放さずに持っておく。
世界はリストではない。ここから始める。
感想
「世界には外側はない」って着地は悪くないじゃない。まあ、序盤の袋の喩えが長くて、途中で読むのやめようかと思ったけど。
結論は「問いの形式を変えよ」。で、新しい問いは。次回持ち越し。
ねえ、「世界には外側はない」んだよね?でも外側がないって知ってるのは、ちょっとだけ外から見えたからじゃないの?ふしぎ!